きれいでいることと、愛されることを、切り離せた日
「きれいになりたい」の奥にあったもの
正直に、自分に問うてみたことがある。私はなぜ、きれいになりたいんだろう。
ダイエットするのも、メイクを研究するのも、服に悩むのも。その奥をたどっていくと、ある本音に行き着いた。——きれいになれば、愛されるかもしれないから。選ばれるかもしれないから。ちゃんとした人と、結ばれるかもしれないから。
きれいでいることが、いつも「愛されること」への手段になっていた。美しさは、それ自体が目的ではなく、愛を手に入れるための通貨だった。長いあいだ、その二つは、あなたの中でぴったり貼りついて、離れなかった。
手段になった美しさは、苦しい
美しさが愛されるための手段になると、何が起きるか。
まず、終わらない。「これで愛されるだろうか」という問いに、確定した答えはない。だから、どれだけきれいになっても不安が残り、もっと、もっと、と足し続けることになる。次に、他人の評価が絶対になる。愛されるための美しさなら、判定者は相手だ。相手が「きれい」と言えば合格、言わなければ不合格。自分の物差しは、また借り物にすり替わる。
そして、いちばん苦しいのは、美しさが「見返りを求める投資」になることだ。きれいにしたのに愛されないと、「あんなに頑張ったのに」という失望が生まれる。美しさが、報われるべき労働になってしまう。これでは、鏡の前の時間が、ずっと張り詰めたままだ。
二つを、切り離す
このシリーズを通ってきたあなたは、その貼りついた二つを、切り離せる地点に来ている。
美しさは、愛されるための手段ではない。自分を大切に扱った結果、滲み出る空気だ。目的は、愛されることではなく、自分がときめくこと。今朝のリップに「いいな」と思えたら、それだけで完結している。誰かに愛されなくても、その「いいな」は減らない。美しさを、愛されることから切り離す。 すると、美しさは、見返りを求めない、純粋に自分のためのものになる。
切り離した瞬間、鏡の前の時間が、変わる。「これで愛されるだろうか」という問いが消えて、「私はこれが好きか」だけが残る。張り詰めていた空気が、ゆるむ。そして、皮肉なことに——ここが大事なところなのだけれど——そのゆるんだ空気のほうが、ずっと美しい。手段でなくなった美しさのほうが、結果的に、人を惹きつける。
だからといって、約束はしない
ここで、正直に言っておきたいことがある。
美しさを自分のためのものにしたからといって、必ず愛される、とは約束できない。このメディアは、そういう嘘の約束をしない。愛されるかどうかには、タイミングも、運も、相手の事情もある。「こうすれば愛される」という話には、しない。
でも、ひとつだけ確かなことがある。美しさを愛されるための手段にしているあいだは、あなたはいつも、他人の判定を待つ側にいる。美しさを自分のものにしたとき、あなたは、判定を待たずに、すでに満ちている。愛される準備、というのは、たぶんこの「すでに満ちている状態」のことだ。空白を埋めてもらうために誰かを求めるのではなく、満ちた自分のまま、誰かと並ぶ。その準備が、ここで整う。
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「私が好きか」だけで、選ぶ
美しさを、愛されるための手段から切り離す。目的が「ときめき」に戻ったとき、美しさは見返りを求めない、自分のためのものになる。
今日、何かできれいにする場面があったら——メイクでも、服でも——一回だけ、こう問い直してみてほしい。
——これは、誰かに愛されるため? それとも、私がときめくから?
後者で選べたなら、その美しさは、もう誰の判定も待っていない。待たずに満ちているあなたが、いちばん、愛される準備のできた人だ。
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