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言葉づかいが美しい人に、共通していたこと

 言葉づかいが美しい人に、共通していたこと

「この人の言葉づかい、きれいだな」と思う人が、たまにいる。

それは、敬語が完璧だとか、難しい言葉を知っているとか、そういうことではない。もっと、根っこのところで、言葉の扱いがきれいなのだ。人を急かさない。決めつけない。自分のことを、卑下しすぎない。話していると、こちらまで、少し穏やかになる。一方で、どんなに丁寧な言葉を使っていても、どこか刺々しかったり、冷たかったりする人もいる。

言葉づかいの美しさは、正しさとは、別のところにある。では、それは、いったい何なのだろう。言葉づかいが美しい人に、共通していたこと。それを、少し、たどってみたい。


言葉づかいの美しさは、「正しさ」ではない

まず、はっきりさせておきたい。言葉づかいの美しさは、敬語の正しさや、語彙の豊富さでは、ない。

完璧な敬語を使いこなしていても、その言葉に、相手を見下す響きがあれば、美しくは聞こえない。マナー通りの言い回しでも、心がこもっていなければ、どこか冷たい。逆に、多少ぶっきらぼうでも、相手を思いやる気持ちがにじむ言葉は、美しく響く。言葉づかいの美しさは、形式の正しさではなく、その言葉に、どんな態度が乗っているか、で決まる。

考えてみれば、当然だ。言葉は、ただの記号ではない。そこには、話す人の、その瞬間の心のありようが、乗ってしまう。焦っているときの言葉は、急いている。相手を軽んじているときの言葉は、雑になる。自分に余裕がないときの言葉は、刺々しくなる。だから、言葉づかいには、その人が、自分と他人を、どう扱っているかが、そのまま出る。

言葉づかいが美しい人が共通して持っていたのは、正しい文法ではなく、この「態度」のほうだった。


言葉は、自分をどう扱っているかの記録

面白いのは、言葉に出るのは、他人への態度だけではない、ということだ。自分への態度も、言葉に、はっきり出る。

たとえば、自分のことを話すとき。「私なんて」「どうせ私は」「またやっちゃった、ほんとにだめだな」。——こういう言葉を、口ぐせのように使う人がいる。本人は、謙遜のつもりだったり、場を和ませるためだったりする。でも、その言葉は、確実に、自分自身に届いている。自分に向かって、一日に何度も「私なんて」と言い続ければ、それは、じわじわと、自分への態度を、雑にしていく。

言葉づかいが美しい人は、自分に対して使う言葉も、どこか丁寧だ。失敗しても、「私はだめだ」と切り捨てる代わりに、「今回は、うまくいかなかったな」と、事実として受け止める。自分を、言葉で、むやみに傷つけない。それは、自分を、言葉で丁寧に扱っている、ということだ。自分にかける言葉がやわらかい人は、他人にかける言葉も、自然とやわらかくなる。逆も、また同じ。自分を言葉で痛めつけている人は、その刺々しさが、他人への言葉にも、にじんでしまう。

だから、言葉づかいを整えたければ、まず、自分に向ける言葉から見直すといい。他人に丁寧に、の前に、自分に丁寧に。順番は、いつだって、そうだ。


「自虐」という口ぐせが、静かに削るもの

自分に向ける言葉のなかで、いちばん気をつけたいのが、「自虐」だ。

場を和ませようとして、笑いを取ろうとして、つい自分を落とす。「私、ほんとダメ人間で」「どうせブスだから」「センスないんですよ」。悪気はない。むしろ、気をつかっているつもりだったりする。自分を下げておけば、角が立たないし、謙虚に見える。だから、自虐は、便利な処世術として、口ぐせになっていく。

でも、思い出してほしい。あなたの言葉を、いちばん近くで、いちばん多く聞いているのは、あなた自身だ。「どうせ私なんて」と口にするたび、その言葉は、まっすぐ自分に届いている。冗談のつもりでも、脳は、区別しない。一日に何度も自分を下げていれば、それは、確実に、自分への態度を、少しずつ削っていく。自虐は、他人には笑いを配りながら、自分だけを、静かに傷つけている。

言葉づかいが美しい人は、この自虐が、少ない。自分を、笑いの生贄にしない。それは、真面目で堅いということではなく、自分を、大切に扱っている、ということだ。無理に自分を持ち上げる必要はない。ただ、わざわざ言葉で、自分を踏みつけない。それだけで、纏う空気は、ずいぶん変わる。


言葉づかいは、余裕から生まれる

もう一つ、言葉づかいが美しい人に共通していたのは、「余裕」だった。

急いでいるとき、余裕がないとき、人の言葉は、どうしても雑になる。「早くして」「なんで分からないの」「もういい」。とげのある言葉は、たいてい、心に余裕がないときに、口から飛び出す。それは、その人が冷たいからではなく、余裕を失っているからだ。だから、言葉づかいの美しさは、性格の問題というより、そのときの、心の状態の問題でもある。

ここで、これまでの話が、つながってくる。自分の機嫌を育てている人は、心に余裕がある。自分を大切に扱えている人は、緊張が少ない。その余裕が、言葉に、やわらかさとして、乗る。つまり、言葉づかいの美しさもまた、自分への態度が、外に滲み出たものの一つなのだ。姿勢や表情と同じように、言葉もまた、あなたが自分をどう扱っているかを、正直に、外に運んでいる。

だから、美しい言葉づかいは、テクニックで作るものではない。丁寧な言い回しを暗記するより、自分の機嫌を、少し整えるほうが、ずっと効く。心に余裕が戻れば、言葉は、自然とやわらかくなる。


言葉は、選び直せる

とはいえ、余裕がない日は、誰にでもある。そういう日に、つい、とげのある言葉を使ってしまう。それを、責める必要はない。

大切なのは、完璧に美しい言葉を使うことではなく、使ってしまった言葉に、あとから気づけることだ。「あ、今の言い方、きつかったな」と気づけたら、それだけで、十分だ。次に、少しやわらかく言い直せばいい。自分に「私なんて」と言いかけたら、「いや、今回はうまくいかなかっただけ」と、選び直せばいい。言葉は、生まれつきのものではなく、その都度、選び直せるものだ。

そして、この「選び直す」を繰り返すうちに、少しずつ、初めから選ぶ言葉が、変わっていく。自分にも、他人にも、やわらかい言葉が、自然と先に出てくるようになる。それは、あなたの心に、少しずつ余裕が育ってきた、という証でもある。言葉づかいが変わることは、あなたの内側が、あたたかくなってきたことの、いちばん分かりやすいサインなのだ。


✦ ✦ ✦

今日、あなたが自分に向けて使った言葉を、一つ、思い出してみてほしい。

失敗したとき、鏡を見たとき、うまくいかなかったとき。あなたは、自分に、どんな言葉をかけただろう。「私なんて」「どうせ」「だめだな」。——もし、そんな言葉を使っていたら、今日から、少しだけ、選び直してみてほしい。「今回は、うまくいかなかった」。ただ、それだけでいい。自分を、言葉で、むやみに傷つけない。

自分にかける言葉がやわらかくなると、不思議と、他人にかける言葉も、やわらかくなる。そして、そのやわらかさは、あなたの言葉づかいを、静かに、美しくしていく。

言葉は、あなたが自分と他人を、どう扱っているかの記録だ。

あなたが今日、いちばん多く使った言葉は、自分に、どんな態度で接していることになっていただろうか。

PRIELLE編集部

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