夏のワンピースを着ることにした理由
毎年、夏になるとワンピースを見る。
かわいいな、と思う。着てみたいな、と思う。でも手が伸びない。「私には似合わないから」と思って、棚に戻す。
今年も同じことをやった。でも今年は、最後に手が伸びた。
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「似合わない」と決めていたもの
「似合わない」と思っているものは、人によって違う。
ワンピース。
ミニスカート。
明るい色。
大きな柄。
ヒール。
派手なアクセサリー。
理由もそれぞれだ。
「体型が」
「年齢が」
「肌の色が」
「顔の系統が」
——誰かが作った「似合う条件」を内側に持っていて、自分がそこに当てはまらないと判断する。
でも一つ聞きたい。その「似合わない」という判断は、着てみた後に出た結論か。それとも、着る前から決まっていたか。
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「似合う」を決めているもの
ファッションを仕事にしている人たちが、よく言う言葉がある。
「似合う服は、着ている人が楽しそうに見える服だ」と。
体型や顔立ちの話じゃない。「私はこれが好きだ」「これを着ていると気持ちがいい」という感覚が、服を「その人のもの」にする。
街で「素敵だな」と思う人を見るとき、その人が「条件を満たしている」から素敵なわけじゃないことが多い。その人が自分の服を楽しんでいるから、素敵に見える。
「似合う」は、体型ではなく、纏う気持ちが決める。
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「好きだけど着ない」のコスト
「好きだけど、似合わないから着ない」を繰り返すと、何かが少しずつ削れていく。
「好き」という感覚を持ちながら、それを自分に許可しない。その積み重ねが、「私の好きは、叶えられないものだ」という感覚を育てていく。
ファッションは小さな話のようで、「自分に許可を出せるか」という問いと、直結している。
好きなものを纏うことは、「私はこれを選んでいい」という許可を、身体で練習することだ。
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着て、外に出る
今年のワンピースを買った。着た。鏡を見た。
最初は少し、落ち着かなかった。「やっぱり変かな」と思いそうになった。でもそのまま外に出た。
誰も何も言わなかった。誰も見ていなかった。ただ、風がスカートを揺らして、それが気持ちよかった。
「これでよかった」と思った。似合う・似合わないの話じゃなく、「私はこれを着たかった」という感覚を、叶えられた。
クローゼットに「好きだけど着ていない服」があるなら、今日それを着てみてほしい。似合うかどうかは、着た後に考えよう。