「ちゃんとしなきゃ」に疲れた
「ちゃんとしなきゃ」と思い続けて、いつの間にか疲れていた。
仕事はちゃんとやらなきゃ。部屋はちゃんと片付けなきゃ。体型もちゃんと管理しなきゃ。返信はちゃんと早くしなきゃ。感情もちゃんとコントロールしなきゃ。
全部やろうとして、
全部できなくて、
全部できない自分を責める。
いつから、こんなに「ちゃんと」が多くなったのだろう。
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「ちゃんと」は誰が決めたのか
「ちゃんとしなきゃ」という言葉の中にある「ちゃんと」は、誰の基準か。
考えてみると、答えがぼんやりする。
「普通こうするものだから」
「社会人なら当然だから」
「これくらいできないとダメだから」
——誰かが言ったわけでも、どこかに書いてあるわけでもない「ちゃんと」を、自分の基準として持っている。
その「ちゃんと」は、自分で選んだものか。それとも、いつの間にか外から入ってきたものか。
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完璧主義は自己防衛だ
「ちゃんとしなきゃ」は、完璧主義の一形態だ。
完璧主義は、高い理想を持っているというより、「ちゃんとしていないと何かを失う」という恐れから来ていることが多い。
ちゃんとしていないと評価が下がる。
ちゃんとしていないと嫌われる。
ちゃんとしていないと、「ダメな人間」になる
——その恐れが、「ちゃんとしなきゃ」を駆動している。
完璧にしようとするのは、理想のためではなく、失敗したときのダメージを最小化するための防衛だ。
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ちゃんとしない日が必要な理由
「ちゃんとしない日」を持つことは、怠けることじゃない。
「ちゃんとしなくても、何かが壊れるわけじゃない」という経験を積むことだ。
部屋が少し散らかっていても、一日が終わる。
返信が少し遅れても、関係は続く。
感情が少しあふれても、誰かはいてくれる。
「ちゃんと」が少し欠けても、大丈夫だった——その経験が、「ちゃんとしなきゃ」の強度を、少しずつ下げていく。
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今日、一つ「ちゃんと」をやめる
今日、「ちゃんとしなきゃ」と思っていることを一つ、やめてみてほしい。
部屋の片付けを明日に回す。
返信を今日中じゃなく明日にする。
完璧に仕上げようとしていた何かを「これでいい」で終わらせる。
何かが壊れるかどうか、見てほしい。たぶん、壊れない。
「ちゃんと」しなかった日も、ちゃんと終わる。
今日、一つだけ「ちゃんとしなくていい」を許してみてほしい。それだけで、少し呼吸が楽になる。