朝、白湯を一杯飲むようになっただけ
朝、目覚ましで飛び起きて、顔を洗って、化粧をして、ギリギリの電車に駆け込む。コーヒーは飲むけれど、それは「目を覚ますため」であって、味わっている余裕はない。
そんな朝を、何年も繰り返してきた。
ある日、ふと、いつもより10分だけ早く起きてみた。理由はない。なんとなく目が覚めただけだ。やることもないので、ケトルでお湯を沸かして、マグカップに注いで、何も入れずにそのまま飲んでみた。
白湯。ただのお湯。
熱すぎず、ぬるすぎず。すこしずつ口に含むと、体の真ん中を温かいものがゆっくり降りていくのがわかった。胃のあたりが、じんわりほどけていく感じがした。
「あ、私、今、自分の体を温めてるんだ」
そう思った瞬間、なんだか少しだけ、自分のことを大切にできた気がした。
朝のあなたは、いつも自分を後回しにしている
朝の支度を思い出してほしい。あなたは、たくさんのことを「自分以外」のためにやっている。
会社に遅れないため。
きちんとした人に見えるため。
誰かに会ったときに恥ずかしくないため。
化粧も、髪型も、服選びも、その多くは「外に出る自分」のための準備だ。
その中に、「自分の体のための時間」は、どれくらいあるだろうか。
おそらく、ほとんどない。
胃が空っぽのまま家を出て、昼まで何も口にしないことだってある。あなたの体は、朝いちばんに置き去りにされ、夜になってようやく思い出される。
白湯を一杯飲むという行為は、その順番を、ほんの少しだけ入れ替える。一日の始まりに、まず自分の体に何かを与える。それも、誰のためでもなく、自分のためだけに。
たった一杯のお湯。でもそれは、「今日も一日、よろしくね」と自分の体に言うのと、同じことだ。
「整える」は、頑張ることじゃない
健康やダイエットの情報を調べると、いつも「やるべきこと」が大量に出てくる。糖質を控える、たんぱく質を摂る、水を2リットル飲む、運動を習慣にする。読んでいるだけで疲れて、「私には無理だ」と思って、結局何もしない。
でも、白湯を一杯飲むことに、「やるべき」も「べき論」もない。
これは健康法ではない。
ダイエットでもない。
体重が減るわけでも、肌が劇的に変わるわけでもない。
ただ、朝に温かいものを体に入れる、それだけのこと。
だからこそ、続く。頑張らなくていいから、続く。そして続くから、それが当たり前になる。当たり前になると、ある朝、白湯を飲みながら「私、ちゃんと自分のこと、気にかけてるな」と気づく瞬間が来る。
その小さな実感が、いちばん大切だ。大きな変化を一度起こすより、小さな「自分を大切にする実感」を毎朝積み重ねるほうが、ずっと深いところであなたを変えていく。
整えるとは、頑張ることじゃない。自分に小さな優しさを向ける、その積み重ねのことだ。
✦ ✦ ✦
明日の朝、いつもより少しだけ早く起きられたら。
ケトルでお湯を沸かして、マグカップに注いで、何も入れずに飲んでみる。
熱ければ、ふうふうしながら。少しずつ、自分の体に染み込ませるように。
その一杯を飲んでいる数分間だけは、会社のことも、誰かの目も、忘れていい。ただ、自分の体が温まっていく感覚に、意識を向けてみる。
それは、一日のいちばん最初に、あなたがあなたにあげる、ささやかなプレゼントだ。誰にも気づかれない。でも、あなただけは知っている。今朝、自分を少しだけ大切にしたことを。
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