ハンカチを持ち歩くようになった
手を洗ったあと、エアータオルの前に並ぶ。
ハンカチを持ち歩いている人を見ると、「ちゃんとしてるな」と思っていた。でもそれは自分とは無関係な世界の話だった。ハンカチを持つタイプの人間ではない、と最初から決めていた。
ある日、雑貨屋でたまたま目に入った一枚。薄いブルーに小さな花柄。可愛いな、と思った。買った。鞄に入れた。
翌日、手を洗ったあとにそのハンカチで手を拭いた。ただそれだけのことが、なぜか少し嬉しかった。
✦ ✦ ✦
ハンカチを持ち歩くことは、「ちゃんとしている」の象徴のように言われることがある。でもそれは本質ではない。
本質は、「自分が困る瞬間に備えて、自分のために準備をしておく」という行為だ。
手を洗ったあとに拭くものがない。
汗をかいたときに拭くものがない。
飲み物をこぼしたときに拭くものがない。
——その「ない」を、自分のために「ある」に変えておく。
これは小さな自己配慮だ。
未来の自分が困らないように、今の自分が動いておく。ベッドを整えることと同じ構造だ。今の自分が、未来の自分を気にかけている。
✦ ✦ ✦
ハンカチを持ち歩くようになって、もう一つ変化があった。
鞄の中身を意識するようになった。
ハンカチが入っている鞄と入っていない鞄では、なんとなく気持ちが違う。ハンカチが入っている方が、少しだけ安心感がある。その安心感が心地よくて、他のものも整えたくなる。
ティッシュをちゃんと補充しておく。
リップクリームを入れておく。
レシートのごちゃごちゃを整理する。
——ハンカチ一枚がきっかけで、鞄の中に秩序が生まれた。
鞄の中は、その人の内面を映すと言われることがある。大げさかもしれない。でも、鞄の中が整っているときの方が、自分に対する信頼感が少しだけ高い、というのは実感としてある。
✦ ✦ ✦
ハンカチはどんなものでもいい。
ただ一つだけ、おすすめがある。自分が「好きだな」と思えるものを選ぶこと。
白い無地でもいい。花柄でもいい。刺繍入りでもいい。色や手触りが気に入ったものを一枚だけ選ぶ。
それを明日の朝、鞄に入れてから家を出る。
手を洗ったあとにそれで拭くとき、ほんの一瞬「これ、好きなんだよな」と思えたら、それだけで今日の自分は昨日より少しだけ丁寧だ。
——些細なことだ。でも、些細なことの積み重ねが、自分を好きになる道のりそのものだ。
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