朝、鏡の中の自分に「おはよう」と言ってみた
ある朝、洗面台で顔を洗って、タオルで拭いて、鏡を見た。
いつもならすぐに化粧水を手に取る。鏡は「作業台」であって、自分と目を合わせる場所ではなかった。
でもその日は、なんとなく立ち止まった。鏡の中の自分と、目が合った。
ふと口から出た言葉がある。
「おはよう」
誰に言ったのか。自分にだ。
✦ ✦ ✦
自分に声をかける、という行為は、少し恥ずかしく感じるかもしれない。
でも考えてみてほしい。
朝起きて、家族がいれば「おはよう」と言う。
同居人がいれば「おはよう」と言う。
職場に着けば「おはようございます」と言う。
なのに、最も長い時間を共に過ごしている自分には、何も言わない。
朝一番に会う相手は、鏡の中の自分だ。その相手を無視して一日が始まる。毎日、毎朝。
「おはよう」は挨拶であると同時に、「あなたがいることを認めている」という合図でもある。自分にそれを向けないということは、自分の存在を素通りしているということだ。
✦ ✦ ✦
「おはよう」と言い始めて数日経った頃、小さな変化に気づいた。
鏡を見る時間が、ほんの少しだけ長くなった。
以前は鏡を見るのが作業だった。
メイクの確認。
寝癖のチェック。
肌荒れの観察。
全部、「不備がないかの点検」だ。
自分の顔を見るのではなく、自分の欠点を探していた。
でも「おはよう」を言うためには、一瞬でも自分の目を見る必要がある。その一瞬が、点検モードを解除してくれる。欠点を探すのではなく、ただ自分がそこにいることを確認する。
「今日もいるね」
それだけのこと。でもその「いるね」が、自分を認める最も小さな単位だった。
✦ ✦ ✦
もう一つ、思わぬ効果があった。
「おはよう」を言った朝は、自分の扱い方が少しだけ丁寧になる。
スキンケアを雑にしなくなる。
服を適当に選ばなくなる。
朝食をスキップしなくなる。
——大きな変化ではない。でも、朝一番に自分の存在を認めたことで、その後の時間が「この人を丁寧に扱おう」というモードに入るらしい。
声をかけた相手を雑に扱うのは、なんとなく気が引ける。それは他人に対してだけでなく、自分に対しても同じなのだと知った。
✦ ✦ ✦
明日の朝、顔を洗ったあとに、一つだけやってみてほしい。
鏡の中の自分と目を合わせて、「おはよう」と言う。声に出しても、心の中でもいい。
恥ずかしかったら、口パクでもいい。
たった二文字。でもその二文字が、自分に「今日も一日、よろしくね」と伝えている。
自分と仲良くなる方法は、自分に挨拶することから始まるのかもしれない。
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