「会いたい」を我慢する癖がついていた
金曜日の夜、ソファに座ってスマホを見ている。
会いたい。でも、先週も自分から誘った。今週また自分から言ったら、しつこいと思われるかもしれない。「また?」と言われるかもしれない。
だから待つ。彼から「会おう」と言ってくれるのを。
待っている間、気持ちが少しずつ濁っていく。「向こうは会いたいと思っていないのかもしれない」「私ほど好きじゃないのかもしれない」。会いたいという気持ちが、いつの間にか不安に変わる。
こうやって「会いたい」を我慢してきた回数を、もう数えられない。
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「会いたい」を我慢するとき、頭の中ではこういう計算が走っている。
「私から言いすぎると、立場が弱くなる」
「向こうから言ってくれるのを待つべき」
「好きな気持ちを見せすぎるのは不利」
これは恋愛における「パワーバランス」の考え方だ。気持ちを見せた方が負ける。追いかけた方が不利になる。
——どこかでそう学んでしまっている。
でも、このゲームの中であなたが我慢しているのは何だろうか。
自分の欲求だ。
「会いたい」という欲求は、自分の中から自然に生まれた感情だ。それを戦略的に抑え込むということは、自分の感覚よりも「恋愛の駆け引き」を優先しているということだ。
自分基準で生きるとは、自分の感覚に従うことだ。それは恋愛においても変わらない。
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もう一つ、我慢し続けた先に何が起きるかを知っておいてほしい。
「会いたい」を繰り返し飲み込んでいると、やがてその感覚自体が鈍くなる。
最初は「会いたいけど我慢しよう」だったものが、次第に「別に会わなくてもいいか」に変わっていく。これは成長ではない。自分の感情を麻痺させた結果だ。
会いたいと思えることは、恋愛において最も素直な感情の一つだ。それを「重い」「しつこい」「弱い」と否定し続けると、恋愛そのものが味気なくなる。好きなのに、好きだという実感が薄くなっていく。
我慢は、関係を守っているように見えて、実は関係の温度を下げている。
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駆け引きを完全にやめろ、とは言わない。
でも次に「会いたい」を飲み込みそうになったとき、一つだけ自分に聞いてみてほしい。
「この我慢は、私を守っているだろうか。それとも、私を消しているだろうか」
もし後者なら、短い一言を送ってみる。「今週末、空いてたら会いたいな」。それだけでいい。
その一言は、駆け引きの敗北ではない。自分の感覚を自分で尊重した、小さな一歩だ。