「なんで私ばかり」と思うとき
気づいたら、また引き受けていた。
誰もやりたがらない仕事。
場の空気が悪くなったときの調整役。
面倒な連絡をする役。
誰かが困っているときの助け役。
悪くはない。でも「なんでいつも私なんだろう」と、帰り道に思う。
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損な役回りを引き受ける構造
損な役回りを引き受け続ける人には、ある共通点がある。
断れない。
「誰かがやらないといけないから」と思う。
「私がやれば丸く収まるから」と思う。
その判断は速くて、断るという選択肢が浮かぶ前に「引き受ける」が決まっている。
なぜ断る前に引き受けが決まるのか。
「断ることで、何かが壊れる」という恐れが、先に走るからだ。
嫌われるかもしれない。
あの人は使えない」と思われるかもしれない。
チームの空気が悪くなるかもしれない。
その恐れが、「引き受ける」を自動的に選ばせる。
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「優しさ」という名の自己犠牲
損な役回りを引き受けることを、「優しさ」だと思っている人がいる。
でも本当に優しさから来ているのか、確認してほしい。
「やってあげたい」から引き受けているのか。それとも「断ったときの結果が怖い」から引き受けているのか。
後者の場合、それは優しさではなく、自己防衛だ。そして、自己犠牲の上に成り立つ「優しさ」は、続けていると消耗する。「なんで私ばかり」という感覚は、その消耗が表に出てきたものだ。
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「なんで私ばかり」は正当な感覚だ
「なんで私ばかり」と思う感覚は、弱音じゃない。
自分が消耗していることへの、正当なシグナルだ。引き受けすぎている、使いすぎている——そのアラームが、感情として出てきている。
このシグナルを「弱い自分のわがまま」と片付けないでほしい。
「なんで私ばかり」は、「そろそろ自分の分を守っていい」というサインだ。
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次、一回だけ断ってみる
次に損な役回りが回ってきそうになったとき、一回だけ「今回は難しいです」と言ってみてほしい。
断ることで何かが壊れるかどうか、見てほしい。たぶん、思ったより壊れない。
そして、断った後の自分の感覚を見てほしい。少し軽くなっているかもしれない。
「なんで私ばかり」と思ったとき、それは弱音じゃない。あなたが限界に近いことへの、正直なサインだ。